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前にも書いたが、オレは指圧をやっていた。小学生の頃から、近所の友達の誘いで、町でやっていた柔道場に通っていたことがあり、高校時代には、柔道部のキャプテンでもあった。だから、前から「和」の芸には興味とリスペクトしていたのだ。 柔道の面白さは、同じ武道でも空手のように突きや蹴りの痛みで相手を倒すのではなく、袖や襟を持った両手と巧みにフットワークを使い相手の「バランス」を崩し投げる、倒すなどの知的な技術に強い関心を持つようになった。 ここで空手に知識が必要でないといっているのではないし、実はオレも町から近い極真空手のサークル(道場と呼ばないレベルの)に1年通ったし、カラダの急所を知る必要があった。 この急所というのは、東洋医療に置き換えるなら経穴、つまりツボと重なる。 ツボつまり経穴は体の表面で一見「点」として見ることの多いが、実は、経絡と言う体中を走る「線」にあるものなのだ。 東洋の神秘的な知識に興味を持っていたのは、16年前に日本を離れる前からだが、スペインで、そしてイタリアで本格的に実践するようになった。ミラノには、その頃から、指圧の学校とサークルの逢いの子のような場所がたけのこのように増えつつあった。 指圧教室で、基本的なことを教えてくれるのだが、受講者は、お互いにペアになって交代で指圧のやりッコする。オレは唯一の日本人で、後はイタリア人だった。そして、よくみると男同士と言うペアはあまりなく、男女か、女性同士が多くなる。 女性の数が圧倒的に多いせいもあるが、それは、女性は、より自分のカラダに関心を持ち、このようなケアを喜ぶからだろう。 オレ自身も女性に指圧をしてもらったり、してあげる方を好んだ。それは、女性というのはカラダそのものが芸術であり、効果をより明らかに表すからでもある。効果があれば、全身輝いて美しく蘇る。オレ自身が男だということからも、異性の手で指圧してもらい、異性のカラダに指圧をしてあげるのが自然なことだとわかった。それこそ、東洋思想に「陰陽」の理論があり、バランスを保つわけだ。 この様な機会がない場合でも、人は、異性と一緒にいるのを好む。同じ場所にいるだけで、そのフェロモンの作用で、カラダの機能が活発になることは知られている。 指圧では、手がカラダを押す物理的な作用と、スキンシップによる精神的作用との両方で健康維持の促進し、その上、ツボへの刺激が、5臓6腑の活動をも正常にする。 これほどいいことばかりの技だが、日本ではなぜか指圧師が治療をしてお金を取るビジネスになっている。イタリアでやっている家族や友達などの和を保つ「Shiastu」の方が、本来のあり方ではないかと思うようになってきた。 しばらく指圧から遠ざかっていたので、ここ同じVia Paciniという同じ通りにあるCentro del Benessereという指圧スクールで今晩、漢字と日本語の「気」についての講演をオレがやる。 久しぶりに指圧の世界に舞い戻り、指圧愛好家と出会うのが楽しみである。 |
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昨日の、漢字と「気」についての公演、うちの会員は、同じVia Paciniにある指圧の学校と、そこには別の日本に関心のある人たちとも会った。もともと東と西の、人種も、言葉も、習慣も違う人が出会う場所を考えて作ったTOZAI協会と東洋の神秘である「指圧」を練習しに来るイタリア人たちが出会った。西洋では、あまりにも不思議な文字である漢字について説明したあと、書道教室の先生になるために控えているかおりちゃんが、イタリア人名をカタカナで、その人の干支を漢字で書いてあげると言うプレゼントも加えた。 数人の日本人の人も呼んでいたので、参加したイタリア人は喜んでいたはずだ。 昨日もフェロモンの作用について考えたが、そのついでに書くと、フェロモンを発するとき、遺伝子が遠い異性の物ほど、特に引きつけるのだそうで、このイタリアと日本のパイプになると言う活動の基本になるのではないか、と考える。ただ、お互いにひきつけるといっても、いかがわしい斡旋をするためではない自然な魅力を引き出すのが方針である。それでも、日本人とイタリア人のカップルができたと想定して、加筆するなら、遠い遺伝子の男女から誕生する子供は、特に抵抗力が優れており、たいていは、より健康で、知能も優れている。そして、大部分が魅力的な子供だと言う。 |
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美しく魅力的な人々がいる国々に住んでみたいものである。オレは、ある本で、それは、スペインとイタリアだと知った。それだけの理由でスペインに滞在をして、イタリアに今住んでいるのではないが、まったく関係ないかといえば、否定はできない。イタリアもスペインもヨーロッパから南の、北アフリカへと延びる半島である。だからと言って、ヨーロッパ人とアフリカ人の血が混ざっているというのは早計である。 日本列島が朝鮮半島とロシアと近接しているからと言って日本人が韓国人とロシア人の混血でない、のを考えれば理解できる。 ローマ以前のイタリア半島には、南にギリシア人、北にエトルリア人やガリア人が住んでいた。ローマ人がそれを統一し、ローマが世界の中心になると、その富にあやかりたくて、やはりいろんな人種がやってきた。ローマ帝国が崩壊すると、やはりいろんな人種が破壊しながら奪い取るためにやってきた。最初は、フン族やゲルマン民族であるロンゴバルド族やゴート族や、フランク族。国が統一された頃のフランス人やスペイン人やオーストリア人などなど・・・。 遺伝子が違う人々がどんどん混血してゆくと、どんどん魅力ある人を生む。 このようなイタリア人や、ほとんど親戚のようなスペイン人が、特に後者は、アメリカ大陸を征服し、原住民やアフリカから連れて行った黒人などなど、またまた混血していった。 特に南米には、たいへん魅力的な人がいる。たいへん混血の率が高いのが、まず、ブラジル、そしてコロンビアやヴェネズエラだ。ブラジルには、日本人の移民も加わり、世界中の民族のいいところをとった人間がいる。それは、非常に嬉しいことである。 ただ、南米は住むのも、行くのも難しい。とりあえずはやはりイタリアだ。 |
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![]() 風は、どこからかやってきてどこかへいってしまう。 海を越えて、山を越えて・・・。 誰かを通り過ぎた風は、私の全身を通り過ぎて、 また誰かのところへ行ってしまう。 君がずっと近くで呼吸している空気は、 私が呼吸しているのと同じものなんだ。 |
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ルイージは、最近日本から帰ってきて、あちらで建築家として仕事をすることが決まったという。広告代理店を経営し、実業家だと言う。そのどれでもありながら、そのどれもそれほどでもないかもしれない。しかし、そういうからには、そうだとして話したい。日本語教室を受講している二人の女の子がいる、このクラスに来たくて仕方なかったようだ。それで、自分のクラスでもないのに彼も受講しに来る。 フェデリコもまた、日本から帰って来たばかりだが、彼は、友達作りが中心のようだ。以前TOZAIのウエブデザインをしてくれた。ウエブデザインと言えば、ジュリオと言うローマ人が、ミラノに住んでいて、まずTOZAIサイトのグラフィックデザインを変えてくれるという。この日本語教室へは、ミケーラとマリオが夫婦でやってきて、どちらもモンツァに住んでいて、ふたりはビデオショップを経営している。先週の25日から始まったクラスのカテリーナとラウラは、どちらも22歳。カテリーナは栗色ヘヤーだが、ラウラが(染めている)ブロンドなので、二人並ぶとテレビに出てくるダンサーを見ているようだということからオレはLe Veline di Tozaiと名づけた。最近よくやってくる韓国人の女の子で、フランチとなのる子は、インポートの仕事がしたくて会社をやるとか。また、恋多き女の子かおりちゃんは、数ヶ月前日本に帰るとき、「絶対にイタリアには帰ってこない」と言いつつ、知り合ったばかりのイタリア人の彼氏と日本で過ごした後、10月にはまた帰って来た。うちで書道の先生になるつもりでいてくれる。東洋炭素の林さんは、最近ヨーロッパで出張が多く、なかなか来れないが、イタリア人との合流やここに来る女の子に会うのを楽しみにしてくれる。みんないいやつで、このオフィスに喜んできてくれる。 |
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![]() いごこちいい場所。 それだけでいい。 自然のかおりがすべてを教えてくれる。 時間がすべてをやさしく見守ってくれる。 |
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| この日誌を2週間以上も休んでいたなんて!と言うわけで、忙しくなってきたのはいいことながら、このままずっと休んでは非常に残念なので、往復ほぼ2時間と言う通勤電車内で、これを書いている。 最近のことというと、僕が、二人のナポリ人を連れて日本に帰ったときに、会ってくれた鵜飼さんと言う女性が、ミラノにやってきた。彼女は、知り合いの弟の知り合いということで、その知り合いたちが、アパートを出る前に、それを見に来ていたことで知り合ったのだが、あれから2年になる。 職業は、フリーのライターで、主にファッションの業界紙や、飲食店を紹介する情報誌などで、記事とイラストも書いている。去年の今頃にもミラノで取材するために来ていて、ある飲食店と、あるデザイナーを紹介した。 今年の3月には、東京で会っているし、そして、今これを書いているこの日もミラノに滞在している。3月に東京でナポリ人、アルドとジャコモに会ったのが印象的で、ぜひ、彼等のいるPizzeriaで食事をしたいと言う要望をぜひ叶えようと、昨日はPizzeria Gaffurioで食事をした。 それからかおりさんが、いよいよイタリア人への書道教室をうちで始める。 わが事務所もイタリア人の出入りが頻繁になったここ最近、日本人の友達を大切にしたいと思うようになってきた。このようになってこそ、何かができる時なんだろうと悟った。 |
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イタリアに住んでいると、食生活もイタリア料理が中心になる。パスタは、絶対だが、フルコースで食べるなら、飲み物はやっぱりワインに限る。 最近田舎に引っ越したのをきっかけに、ピアチェンツァのワイナリーから直接大瓶で買い、24本の750mlボトルに移したのだ。この作業は、一見たいへンみたいだが実は面白い。よく石油を移しいれるようなポンプに似た道具を使う。イタリアでは、ポンプしなくて、管だけのワイン専用の道具をちゃんと売っていて、口で吸い込んで、ノズルのところには、開閉レバーがついている。全部入れ終わったら、市販されているコルクを、専用の道具を使って栓をするのだ。 |
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| それでも、下3段が空いているのは、格好よくない。 しかも、同じワインを毎日飲むのも飽きるから、特に、白ワインを買ってバリエーションを楽しみたい。だいたい1ヶ月たった今日こと頃、48本のボトルを並べられるケースは、塗装してない木でつくったシンプルなもので、3箇所くらい空きはあるが、ズラッと並んでいる。 こんなことで嬉しくなるなんて、へんなのかもしれないが、なぜか満足じゃ。 この家は、3階建てで、その3階には3つの寝室がある。その3部屋とも自分で塗装した。考えていた以上にうまくできた。住んでいるところの満足感は、そこにいるときでなくても感じるのだとわかった。 |
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日本でイメージされている外国というのがあるが、オレはそれは日本人が作っているものであり、事実はどこか違うとずっと信じていた。それをこの目で見るためにも、外国に行きたかった。オトコもオンナも格好よくて、陽気で、お洒落で・・・。 だいたいあっているが、イタリアに来る日本の女の子が、間違った方向へ行こうとしていること、ずばり、海外、特にイタリアで、日本女性はモテるが、日本人男性はダメ。イタリア人女性は気が強いからダメ。 あながち、その説に根拠がないわけではないが、オレには、世の中が全体で考えられていることには挑戦したいと思う癖がある。そう言われると余計に自分を試したくなる。多くの人は、自分が人より格好いい、ことで挑戦していると考えるだろう。ところが、オレは、格好の良し悪しを無視して、マーケッティングリサーチのつもりで、イタリア上陸に挑んだのである。オレ自身を、同胞である日本のオトコどもへのメッセンジャーであり、これがオレの使命だと考えている。 と言っても、オトコだけの味方で女性の敵になるつもりもない。自分の可能性を知りたかったのである。と言っても、イタリアの女の子をどれだけ征服するかに挑戦したのではない。どれだけイタリア人の社会に溶け込んで行け、溶け込んだ分、彼らと同じように仕事をし、生活を楽しみ、そして恋ができるかを見たかったのであり、誰とも敵になるつもりはなかった。過去を振り返ってみると、自分で納得するくらいに仕事、楽しみ、そして恋もした。もともと、オレは、イタリア人でも日本人でも、問題は、その人の魅力を重要視してきたので、イタリア人女性とも知り合ったし、魅力的な日本人女性にも出会った。その結果、どちらの国の女性たちも素晴らしい人たちがいて、どちらの国の男性も素晴らしい人たちがいるということだ。 要するに固定観念は、人の考えを狭くしているだけだ。 |
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ワインと言えば、イタリアやフランスだという地位を築いているのだが、本によると葡萄の木そのものはアジアから伝わったもので、インドが発祥らしい。紀元前約2500年頃、インドを出発したアーリア人の大移動により伝えられたという。旧約聖書では、最初の人間アダムだとか、箱舟で知られているノアだとか、ギリシアでは、ディオニソス(ローマ神話のバッカス)により伝えられたとも言われた。 紀元前1600年頃エジプトでワインが作られていたらしく、アラブ人、フェニキア人、ギリシア人によって宗教と関わりながら、地中海でも広がる。イタリアには紀元前2000年頃にワインが作られていたが、他のイタリアでは、サビーニ人、エトルリア人により、パダナ平野までワイン作りが伝えられた。紀元前146年、ローマがギリシアを征服して以来、ギリシアでの製造を学んだイタリア半島の人たちに飛躍的に広がった。今日のようなワイン作りの基礎は、ルネッサンス時代だと言われる。 つづく |