イタリアの街角
ミラノの路上の人々

 ミラノにやってきた人は、例えどんなに少ししか市内観光をする時間がなくとも、必ずドゥオモ大聖堂に足を運ぶだろう。そして、街一番の繁華街である、このドゥオモ周辺では、世界中あちらこちらからやってくるお金を持った観光客を目当てに、路上で商売をしている人たちがたくさんいる。先日も、ドゥオモ脇の通り”Corso Vittorio Emaniele II”を通りかかると、いつもの様にセネガル人がルイ・ヴィトンを中心としたバッグをたくさん抱えて行商していた。突然けたたましい音がしたので振り向くと、周辺の歩行者も一斉に注目するなか、そのセネガル人が私服警官に捕まりそうになっていた。彼はバッグをすべて犠牲にして逃げてしまい、コピー商品であるそれらを警官が押収して運び去るシーンを、他の野次馬ともども僕は見届けた。誰もが知っていると思うが、この様に路上で勝手に物を販売すること自体が違法であるだけではなく、このようなものを買って日本へ持ち込もうものなら空港で没収されるというシロモノである。
 また、ドゥオモからスカラ座へ抜けるギャラリー”Galleria Vittorio Emaniele II” 内では中国人が数メートルごとに並び、玩具やスカーフを売っている。どの人も同じようなものを売っているのだから、いくら観光客でごった返すゾーンとはいえ、一人当たりの売り上げはどのくらいあるのか。ミラノで彼ら中国人が最も多く住む地区と言うのが市内北部に位置するPaolo Sarpi通りあたりで、中華街と呼ばれている。一度この辺で中国人の知り合いに”中国人専用ホテル”に案内されたことがあるが、何とただのアパートのワンルームで、そこに番人がひとり。室内に簡易ベッドが8つも入れてあった。最近はこの中華街などで彼ら同士の争いで殺傷事件もあったらしい。外国の中国人”華僑”社会の緊張が高まっていると聞く。それにしても上述のように路上で多人数が固まって商売をしているのも異様だが、中華料理店もあまりにも密集しすぎているのではないだろうか?
 ドゥオモ広場でエジプト人がスッと近づき、トウモロコシの粒をサッと渡して、粒を持たせたその手を高く上げるように指示する。そうすると、周囲にいる鳩が手に載って来て、その瞬間の写真をパチリと撮ったりする。だが、そのまま「さようなら」というわけにはいかない。これも一つの商売なのだ。相手が右も左もわからない観光客と見れば、とんでもない金額を吹っかけてくる。僕は10ユーロでも高いと思うが、30ユーロ払った日本人がいたとも聞いた。払った人は必ず「まあ、大金を取られたわけではないし、面倒なことになりたくないので・・・」。大金じゃないって・あんな豆粒で?だからこそ、この不法悪徳商売をやる人が後をたたないのだろう。
 繁華街から地下鉄に乗る。乗り込んできた女性が紙コップを片手に、へんてこりんなイタリア語(わざとかもしれない)で、「貧しい家庭でパンも子供のミルクも買えません。どうかお恵みください」というようなことw言ったあと車内を歩く。だがこれだけでは効果がなく、あまり恵んでくれる人がいない。何しろ年がら年中、地下鉄やトラムに乗るたび毎回この同じフレーズを聞かされるのだから、もはや同情する気分も失せると言うもの。そこで、小さな子供を連れてまわっている人もいる。そんな時は恵んでくれる人が増える。特にイタリアは子供に親切なお国柄だ。

 またある時は、ドラッグでよれよれになり悪臭を放つ男が乗り込んできて恵みを乞う。アコーデオンやバイオリンなどの楽器を持ち込んで演奏し、お金をもらうと言う方法もある。ほとんどが騒音を放つような腕前なので、これも迷惑と言えば迷惑だが、ただただ暗い気分にさせられるよりも、下手なりに何かやって見せようとしてくれる方が有難い。
 ミラノではドゥオモを中心に環状道路が幾重にも走っている。そしてかつては、城壁で町がまるく囲まれていた。その城壁あとのすぐ外側には住民が多く、道は路上駐車でいっぱいだ。ミラノは車で飽和状態で、排気ガスが深刻な問題になっている。渋滞の中、信号が赤になって車を止めると、それを待ち構えていた人が恵みを乞いに来る。僕は「またか!」と思うが、このような僅かな時間の、しかも運転中のドライバーがポケットや鞄の中のお金を探って渡さなければならない不便な作業で、この物乞いが成立しているのが不思議である。ここでも、ただ貰うだけではない工夫はあり、バケツに入れて濡らした泡だらけのモップでフロントガラスを拭くかわりにお礼をもらう、という商売である。ただしドライバーノ希望の有無に関わらずである。だから頑として断らないと、強行にフロントガラスをあわだれけにされてしまい”お金を払って泡を取ってもらう”はめになる。僕の見た感じでは大部分のドライバーは断っているが、それでも強引にモップを押し付けてこようとする場合は、車を少しでも前に動かして彼らから遠ざかり、避けているようだ。そんなわけだからミラネーゼを相手にするのはもはや難しい。彼らはどのような人を”つかまえて”商売をしているのだろうか?
 その他、あまりにも突然現れて、お見事とも言えるテクニックで歩行者から財布などを盗み取るジプシーの子供たち。しかも盗られた人はしばらく気がつかない。そのシーンは僕の超小型デジカメでもそう簡単に撮れるものでもなく、ここでは紹介できない。(だいたいそんな場面に出くわした場合、写真なんか撮っている場合じゃない)。
 これらの人々にはそれぞれの事情があり,それぞれの国からイタリアに来ているわけだが、こういう現状を目にすると、いったいここはどこだろう?と思ってしまう。僕が住みついたこの国は、イタリア人だけのイタリアではなくなりつつある。そして、彼らと同じように「よそ者」である我々日本人の立場はいったいどの程度のものか?
 日本人のことをあまり知らないイタリア人の中には「君たち外国人は」という言い方を繰り返す人も多くいる。外国では我々日本人はそれほど特別でもないのだ。イタリア人が日本人を他の外国人と同等に考えるのは何も悪いことではない。彼らにとってガイジンはガイジンだ。
 我々日本人が心に留めておくべきことは日本人としての優越感ではなく”日本人は色々な面でたいへん恵まれた国民である”ということだ(我々がそれほど傲慢な民族でないことを含めてである)。日本の不景気を嘆いている人達も、イタリアという外国に来る余裕があるわけだから、この機会に、ヨーロッパの豊かな文化だけではなく、”世界のあらゆる人たちを見て知る”というたいへん貴重な体験をも、是非イタリア土産としてほしい。世界と強調できる明日の日本を築くため、一人一人の意識を高めようではないか。


文 Guido

イタリアの日本語月刊新聞COMEVA2004年3月号掲載文を転載。なお、COMEVA講読をご希望の方は、
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